恋愛セミナー15【蓬生】第15帖 <蓬生・よもぎう> あらすじ源氏が京に戻ってきても、再び訪れてもらえない女性は何人もいました。 あの赤鼻の末摘花もその一人です。 源氏が通ったおかげで、末摘花をとりまく人々は、貧しい生活の苦労から開放されてはいました。 ところが源氏がいなくなったことで、もともとの侘しい暮らしに戻ったことが、かえって以前よりつらく感じられるようになり、人々は次々に去っていったのです。 末摘花の住む故・常陸宮邸は草が生い茂り、牛飼いが放牧をするようなありさま。 屋敷を買おうとする者もいましたが末摘花は耳を貸さず、由緒正しい品々を売ることもせず、ひたすら源氏を待つのでした。 最も親密な侍従という女房は、末摘花の叔母の屋敷にも仕えていました。 叔母は王族の身でありながら身分の劣る受領(ずりょう・地方の役人)に嫁いだため、一族から見下されていると思っています。 そこで夫が大宰府(だざいふ)の役人になったのを機会に、なんとか落ちぶれた末摘花を自分の娘の女房の一人に加えたいと、荒れ果てた故・常陸宮邸にやってきます。 叔母は美しい衣装などを持ち込んで末摘花を説得しましたが、聞き入れられないため、かわりに侍従を連れて行く、と言い放ちます。 自分の美しい髪を集めたかもじ(かつら)と宮家に伝わる薫衣香(くのえのこう・お香のひとつ)を侍従に持たせ、泣き崩れる末摘花。 誰も訪れる者もいないまま、年も暮れてゆくのでした。 翌年の四月、花散里のもとに出かけようとしていた源氏は、荒れ果てた屋敷に目をとめ、末摘花の住まいであることに気づきました。 もう誰も住んではいないかもしれないけれど、もしかしてあの女性ならという思いがして、供の惟光(これみつ)に様子を見に行かせると、末摘花が源氏を待ち焦がれていたということを知ります。 背丈ほどもある草深い庭を通って会いにゆく源氏。 末摘花のまわりに残っていた人々はあの叔母の残した衣装に着替えさせ、源氏をむかえるのでした。 末摘花が心変わりせずに待っていたことに源氏は感動し、それからは暮らし向きの面倒をすべてみることにしました。 よそに行ってしまった人々も戻ってきて、屋敷もすっかり修復されます。 二年ほど後に、末摘花は源氏の二条の屋敷の東側の建物に引き取られ、安楽に暮らしました。 侍従も、叔母も驚き、悔しい思いをしたということです。 恋愛セミナー15 1 源氏と末摘花 一途に信じるということ。 この生き方しかできない、という信条をつらぬいた女性の勝利でしょうか。 源氏はこの後、末摘花と関係を結ぶことはないのですが、王族の姫として丁重に扱い続けます。 源氏の相手は王族か、それに準ずる女性が多いですね。 藤壺、六条御息所、紫の上、花散里、朝顔の君、斎宮、葵の上も母が皇女です。 違うのは空蝉と夕顔、そして明石の君ですが、空蝉には「宮廷に入内する予定だった」ことを聞いて興味を持ちました。 明石の君を表現する言葉も「皇女に劣らない気位の高さ」といった表現が出てきます。 藤壺にあれほどまでに執着したのも、生霊にまでなった御息所を捨てられなかったのも、 源氏が皇子の身で臣下に下ったことを考えると、つり合うのは王族、という意識があったためでしょう。 帝位願望が、ここにも潜んでいるといえるかもしれません。 それにしても末摘花の、一途にライフスタイルを守り抜く姿には心うたれます。 須磨に行ったことで、世の中の無常を思い知った源氏にも深く響いたでしょう。 容姿も歌も財力も今ひとつ、ということは当時は恋にとって致命的。 そんな世間の流れには一切身を任せず誇り高く己を持する末摘花は、最後に心穏やかな生活を手に入れるのです。 今宵こそ、の思いはいつまでも保ち続けながら。 ―深紅の御花の 末摘む花よ 無常の世間に 忘れられ でもその年の 卯の花咲く頃 光源氏は 言いました 暗き無常の 世の中に あなたの花は 照り輝いている いつも泣いていた 末摘む花は 今宵こそはと 喜びました― |